英語が世界の共通語 日本人への影響は?

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世界の多くの国で、英語が公用語化しています。世界中の人々が他国に旅行やビジネスで行き来しやすくなりました。
日本でも外国の人と接する機会が年々増えているのではないでしょうか。
外国の人に話しかけられたことはありますか?何かを訪ねられたりしたことは?
理解できましたか?答えられましたか?どんな気持ちでしたか?

英語の公用語が日本人に及ぼしている影響はなに?

いい影響

泣いても笑っても島国ということがハンディキャップになって、昔から日本人の視野を狭くしているようですが、
英語が入ってきたおかげで、色んな産業が出入りできるようになりました。
もし今でも、昔の鎖国のような制度が日本にまかり通っていたらと思うと、少しゾッとします。
日本の素晴らしさを世界にアピールして知ってもらうことも、他の国のいい面を取り入れることもなかったでしょう。
また英語という公用語があることは、英語圏でない者同士の接点を作ってくれているのも否めません。

悪い影響

日本人の欠点として、自覚することがいけないわけではないのですが、日本人の英語との関わり方を見ていくと悪い面が浮き彫り化される気がします。英語の教育制度、英語学習への意識や意欲、そして日本人の控えめで保守的な性格、既に何十年も前から、同じことが指摘されているのに、変わっていない気がします。
英語圏でない他の国は、これらのすべてが日本と異なっている(もしくは優っている)ため、このグローバルな時代で、「母国語ではない」という不利な立場も日本よりはうまくクリアしているように思います。この差が生じていることで日本の国際的な立場を小さくしてしまっているようにも感じます。

どのようなシチュエーションで英語を使うときが増えている?

旅行

海外への旅行にもより簡単に、より安く行けるようになりました。
一歩、外国に足を踏み入れたら、そこから英語が大活躍する場面は溢れています。
もちろん、添乗員やガイドを付ける旅行であれば、不自由はないでしょう。
でも、自由旅行やフリーの時間、使える人にしか味わえない経験と感動があります。

仕事

海外との取引をする会社、外資系の企業、海外に拠点を置く企業が増え続けています。
社内でも社外でも、英語を使う能力が求められます。

日常生活

日本で生活をする外国の人たちも増えています。不意に街で道を尋ねられたり、友人ができて一緒に出掛けることもあるでしょう。
国際的なイベントなどでも、英語が使えると便利な場面も多くなってきましたね。

英語を使うことがまだ不慣れな日本人がいるのはどうして?

受身の立場で言ってしまうと、英語教育は不十分だと思います。
ほとんどの人は、少なくとも6年間は英語に触れています。その6年間のあとに英語を使える人がどれくらいいるでしょう。
その6年間の中の英語学習に費やした時間の価値が問われます。
現代、その6年から10年の教育を受けた先生たちが英語を教えているのが一般的な現状です。
独学も留学も可能な時代ですが、子供たちには、効果的に教えてくれる人が必要です。

日本は外国人居住率が圧倒的に少ないと思います。
日常で英語に実体験ベースで触れる機会が少なければ本当の使う力は伸びないでしょう。
外国の人の存在に慣れていなければ、悪気はなくても、壁を作り、接する機会を避ける場合もあるかもしれません。
他の英語圏外の国との違いはここにあると思います。

文化の上に出来上がった性格上の問題も否めません。
恥ずかしがりやと言われることもありますが、もっと大きな難点を感じているのは私だけでしょうか。

日本という小さな世界で不自由なくスムーズに暮らしてきて、不自由な英語を使って恥をかくということに慣れていない。
ー 不毛な自尊心
日本語だけしか使えなくても、生きていけているので、英語力の必要性を低く感じている。=学習しない。
ー 危機感の欠如

英語が日本に浸透していくことでなにか変化が起きると思うか?

例えば、パソコンが生まれて、Windowsが開発されると、ワードやエクセルを使う能力が重要視された時期があります。
あっという間に、それは当たり前のスキルになりました。

英語を使えることで、日本ではまだ若干のアドバンテージを感じます。
それは使えない人が圧倒的に多いからという残念な事実の裏返しでもあります。
浸透すれば、英語を使えることが当たり前のことになり、そのことで今より豊かな交流が生まれたり、拡がるビジネスチャンス、日本に生きる人たちの視野がグンと広がると予想します。

英語が浸透することで、知ることが増えます。英語圏のことだけでなく世界のことを知り考えるチャンスが増えます。
今まで、日本は日本だけで生きてこれていたので、違うものと比較する必要性とその対象がなかったのです。
必要がなかったので考えるという習慣がなく=「意見がない」に繋がっている気がするのです。
環境の違い、歴史の違い、気候の違い、言葉の成り立ちの違い、他にも違いは溢れていますが・・・・
すべてが、「みんなほとんど同じ世界」という環境で生きている日本人にとっての刺激になって大きく揺さぶりをかけるものになると感じます。

まとめ

英語を学んで、文化を知ったとしても、全部を真似する必要はないのです。
選択は必要です。いい所を吸収すればいいのです。主張すればいいのです。
それが世界の人たちがしていることです。世界で求められていることだと思います。
日本のいい部分を変える必要はないと思います。誇りは持ち続けましょう。

2020年には東京でオリンピックが開催されます。世界各国から多くの人々が日本に足を運んでくれます。
通じる公用語(英語)を駆使すること。これはまぎれもなく「おもてなし」の一つだと思います。
どんな清潔な環境より、どんな繊細な日本らしさより、まずは言葉で歓迎できる国でありたいものです。